校祖・齋藤秀三郎の遺志を引き継ぎ、正則英語学校2代目校長に村田祐治が就任。東京帝国大学英文科専科を卒業し、明治25年(1892)学習院教授、明治28年に第一高等学校教授となり、 その後、 齋藤秀三郎とともに正則英語学校の創立に関わり、教鞭を執り、齋藤の片腕として活躍してきた。
村田祐治は以前から英語学校の他に商業学校の開設を考えていた。関東大震災による校舎の全焼、財界不況などにより学校経営もまた困難を極めていたが、村田は持ち前の非凡な才腕を振るってこの難局を押し切り志を貫徹。早速、その実現に向けて動き出し、昭和8年(1933)4月、正則商業学校を開校、初代校長に就任した。
商業学校の開校と同時に、村田は新校舎の建設に取り組む。この難局の時代に正則を背負って雄々しく立ち向かう村田の姿を見て、第一高等学校当時、村田に教えを受け、日本政府の中枢にいた外務大臣・広田弘毅、文部大臣・鳩山一郎、東京府知事・香坂昌康、外務省の高柳翻訳官、岡本欧米局第二課長、井上通商局第一課長、三谷人事課長などが「恩師の事業を助けよう」と立ち上がった。正則の新校舎建設は彼ら教え子たちの惜しみない尽力があった。

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