本学園の卒業生と教員との交流企画です。卒業生が教師になって教え、教員が生徒になって学ぶ。一人の学生が正則学園で歩んできた物語。その一つひとつ、一言一言が教員にとって、また新入生にとっての生きた参考書となる。卒業生を招いて、学生時代の辛かったことや失敗談、楽しかった思い出などを振り返りながら、当時の心境を語ってもらいました。
小嶋 校長
飯田 先生
臼井 先生
木下 先生
久利 先生
高柳くん「2024年度卒業生の高柳慶一です。よろしくお願いします!」
一同「よろしくお願いします!」
高柳くん「正則学園を選んだ理由なんですけど、僕、中学校の時、学校が合わなかったっていうか、先生とも学校の特色とも合わなくて。おかしな校則やルールばっかりなのに、なんでみんな何も感じないの?って。きっと大人が言う、めんどくさい子供っていうのが僕だったんだと思います(笑)」
飯田先生「どんなところがおかしいと感じたの?」
高柳くん「例えば、女子は頭髪をいじっていいのに男子はダメで。さらに自分は剣道部って理由だけで坊主にさせられて。髪型ひとつとっても、個性を大事にってうたっていた学校なのに、逆に個性を奪ってるじゃないですか。そういう不満を心の中に留めておけばいいのに、僕めんどくさい子供だから先生に言っちゃうんですね(笑) で、担任に言っても埒があかなかったので、校長に言いに行きました(笑)」
臼井先生「すごっ!(笑)」
小嶋校長「高柳らしいっちゃ、らしいね(笑)」
高柳くん「そしたら校長から学年主任にいって、学年主任から担任に回って、担任から「めんどくさい仕事増やすな!」って怒られたんです。そんな感じで学年主任や担任をはじめ、ほとんどの先生とうまくいかなくて、どんどん学校で孤立していきましたね。話ができる友達も部活仲間の数人くらいで、なんとなくやり過ごした中学時代でした」
久利先生「そこから、どうして正則学園に?」
高柳くん「同級生から花いけ男子部っていうのがあるって聞いて、なんか面白そうだなって。それを個別相談会の時に話したら、花いけの顧問の小嶋先生が面談してくれて。僕、そんな中学時代だったから出席もあまりできてなくて。学校っていうものがそもそも嫌いだし悩んだんですけど、せっかくだから東京のど真ん中にある正則学園に行ってみるか!って決めました」
小嶋校長「その高柳が、うち(正則学園)では生徒会長までやってたのか」
高柳くん「中学時代の先生が聞いたら人違いだと思うでしょうね(笑) でも嬉しかったんです。ここ(正則学園)の環境が。中学時代の僕のことを知らなくても、なにも気にせずに接してくれる先生がいてくれて。特に小嶋先生との出会い、ファーストインパクトは凄かったです!中学時代の僕からしたら衝撃で、こんな型破りな先生いるんだ!って(笑) 小嶋先生と話して、あれ?この学校面白そうだなって。学校説明会も、他の学校は自分の学校の情報ばかりだったり、こうしたら推薦取れますとかそういう話が多かったけど、正則学園は「こんな先生います!」っていうのが、まず面白くて(笑) それで正則学園に来て、花いけ男子部に入ろうって決めましたね」
高柳くん「それで、1年から花いけ男子部には入ったんですけど、最初の方はあんまり出てなかったです」
小嶋先生「部活出ないで映画観に行ったりしてたもんな(笑)」
高柳くん「そうですね(笑) 部活に出たい気持ちはあったんですけど、とにかく学校生活が楽しくって。僕、友達ができたことがすごく嬉しかったんです。中学時代は話せる人って部活仲間くらいしかいなかったから。
友達からの映画行こうとかカラオケ行こうっていう誘いが本当に嬉しかったんですよね。小嶋先生、1年の時は部活出ないで遊びまわってすみませんでした(笑) 友達との楽しいことを優先し続けて、部活をそのまま辞めるっていう選択肢もあったのかもしれないですけど、元剣道部の根性なのか、ここで辞めたらヘタレだぞ!諦めるな、ここが踏ん張りどころだぞ!って自分に言い聞かせることができて。それで2年次からは部活を頑張りました」
木下先生「うちでは中学時代のような理不尽は感じなかったの?」
高柳くん「いやー、中学時代より叱られることはあったけど、結局それ全部自分が悪いことなんで(笑) ちゃんと理由があってちゃんと叱ってくれるので、中学時代とは全然違いましたね。叱ってくれるって、それって自分の悪いところを直そうとしてくれてるんですよね。授業に集中してない、部活サボっちゃうとか。自分で選んだくせに真面目に取り組めてないんだからそりゃ叱られて当然ですもん(笑) 怒るんじゃなくて叱る。それは理不尽じゃなくて、自分にとって救いだったと思います」
飯田先生「当時からそう感じていた?」
高柳くん「まったく(笑)」
一同「(大笑)」
高柳くん「でも、叱ってくれたこともあったから、しっかり気を引き締めようと自ら生徒会長に立候補したのはありますね。自分が想像しえない、やったことがないことをやってみたいっていう気持ちが高校入学前からあって。中学時代で一番自分に良くしてくれたのが生徒会長で、その友達とは未だに交流があるんですけど、僕もあいつみたいになりたいって思ったんですね。まぁでも、いざ生徒会長になってみると苦労が多かったです(笑) 今度はサボりじゃない理由でなかなか部活に出られないし、生徒と先生との間に入るのってすごく難しいなって感じました。辛い、苦しいを味わって、なおさらアイツ(中学時代の生徒会長)すげぇなって思いました。こんなキツい立場なのに、それでも僕に声をかけてくれたの凄いなって。そいつとの実力差を体感して自信が無くなった時もありましたけど、やっぱり先生方が見ていてくれて。励ます、応援する声をかけてもらってなんとかやり遂げることはできました」
飯田先生「三者面談の時、大泣きしたもんな」
高柳くん「そうですね。本当は先生にも負担かけたくないから誰にも自分の辛さを言わないようにって決めてたんですけど、一気に出ちゃいましたね(笑)」
飯田先生「でも、高柳のお母さんが一番の理解者になってくれてたと思うよ」
高柳くん「はい。感謝ですね。まぁこうして今振り返ると、自分にはああいう辛い経験が必要だったんだと思います。苦しんだからこそ、今の自分がある。苦労してよかったなって本当に思えます」
臼井先生「その経験が、君が今目指しているものにも繋がるんだね」
高柳くん「はい!教師になろうと思います。ここの先生たちを見て、自分もこうなりたいなって(笑) もう個性の塊じゃないですか、ここの教員って!」
木下先生「いや、俺は普通だよ(笑)」
小嶋先生「俺もノーマルかと(笑)」
高柳くん「いやいや、皆さんを個性と呼ばずに何を個性と呼ぶのかと(笑)」
飯田先生「まぁ本人たちはいたって普通にやってるつもりですよね(笑)」
高柳くん「そうなんですね!なんか羨ましい。自然と自分が出せているって感じなんですね」
小嶋先生「まぁ、ちょっとだけ変わってるかなくらいは感じてるけど」
一同「(大笑)」
久利先生「高校時代で特に思い出深いことってある?」
高柳くん「んー、なかなか一番は決められないなぁ。部活もクラスも、なんだかんだ生徒会も楽しかったし。イベントももちろん。ただ、普段から先生と話できるっていうのが結構自分の中には残ってますね。なにをしたってことじゃないけど、やっぱり救われたっていう記憶が凄くあります」
木下先生「例えば、どんなこと?」
高柳くん「部活動の顧問の小嶋先生が、担任ではないのに普段の自分の学校生活のことまで気にかけてくれたことが嬉しかったです。他の先生もそうですけど、面倒見がいいなっていうのは凄く感じますね。そういう日常が当たり前にあるってことだけで、めちゃくちゃ頑張れたりするんですよ。感謝している先生はたくさんいるんですけど、ただやっぱり一番感謝していると言えば、3年間担任をしてくれた飯田先生ですね」
飯田先生「俺、なんかしたっけ?」
高柳くん「なんもしてないです(笑)」
一同「(大笑)」
高柳くん「いやいや、でもほんとそれが良かったんですよね!飯田先生は僕のことを放置するんじゃなくて放任してくれるんです。もちろんサポートが必要な生徒にはしっかり対応されてるんですけど、僕みたいな活発な生徒にはあれこれ過干渉せず、生徒のことを信用して色んなことに取り組ませてくれるのが、本当に僕にとって心地良かったんです」
飯田先生「へぇー、そこまで感じ取ってるとは正直思わなかった!」
高柳くん「嬉しかったんですよ。中学時代は押し付けられるようなことが多くて、それで自分が出せなくて面倒くさがられて孤立して。でも、高校に入って先生のクラスで自由にいられたのが、今の自分の成長に繋がっているって感じています。先生、ありがとうございます!」
小嶋校長「じゃあ最後に、なにか新入生に伝えたいことを一言!」
高柳くん「安直かもしれないけど、まぁ周りからきっと言われるでしょうけど、これですね。
『がんばれ』(高柳くんが黒板に書く)
これって、もうこれ以上頑張れないよっていう時に言われるんですよ。でも、この頑張れっていう言葉には、言い表せない相手の想いや気持ちが入ってるんですよ。
最後の最後は根性論。中学時代は僕は根性論が大っ嫌いでした。クラスで担任に、部活で監督に嫌というほど叩き込まれましたから。それで周りの生徒たちもロボットみたいに従っている。もう、なんなんだこれはと(笑) でも、ここに入ってから自分が頑張っていく上で必要なのって周りの人からの後押しだと気づいたんです。怖くて動きたくない時でも、背中を押してくれると前に進める時がある。色んな頑張れがあるんです。だから僕は、無理やり引っ張り上げるような後押しではなく、優しく背中を押してあげる、そんな『がんばれ』を新入生に届けたいと思います。今日は本当にありがとうございました!」
一同「ありがとうございました!」
小嶋 校長
飯田 先生
臼井 先生
木下 先生
久利 先生
川村くん「よろしくお願いします! はい、それじゃ小嶋! 号令!(笑)」
一同「(大笑)」
川村くん「すみません(笑) 改めまして2024年度卒業生の川村慶介です。よろしくお願いします!」
一同「よろしくお願いします!」
川村くん「僕、父の転勤で小学校から中学校まで海外(インドネシア)の学校にいまして、そこの中学校の生徒は大体そのまま外国の高校に推薦で入ることが多いのですが、2年の時かな、もう先のこととか考えられないというか、どうでもいいやって、高校もどこでもいいよって思っちゃって」
飯田先生「2年生の時? 時期的にどうでもいいやって思ってしまった理由はコロナ禍?」
川村くん「実はコロナ禍のタイミングで一回帰国して日本の中学校に編入したんです。そしたらインドネシアと日本の中学校って全然違くて。海外の学校はみんな知らないところから集まるので、それぞれ壁を作らないから溶け込めるんですよね。でも僕が編入した日本の中学校は、身内ノリというか完全に内輪で成り立ってて、僕が入り込めるスペースが全くない、受け入れてもらえない感じだったんです。しかも荒れてて問題も多い学校だったんで全然合わなくて。それで無理言って父親にまたインドネシアに戻してもらいました。ただ、日本での体験から学校とかどうでもいいやってなっちゃって。学校そのものが嫌いになってしまったみたいで、インドネシアに戻ってからもあんまり学校に行けなくなったんですよね。父親の任期の問題もあって結局日本には戻ることになるので、高校も日本の学校から選ぶしかなくて全然気分が乗らなかったですね」
木下先生「そんな中、どうして正則学園を選んだの?」
川村くん「きっかけは母親が持ってきたパンフレットで、この学校良さそうだよって。それで個別相談会に行って面談してくれたのが小嶋先生でした。僕、小学校も中学校も先生運は良かったんですよね。だからこそ、海外の先生と編入した日本の中学校の先生との差がものすごくて、日本の学校の先生に対して嫌なイメージがあって。でも小嶋先生と話したら、自分が海外で出会った良い先生に似てるなって。それで、他にもいくつか学校回ってみたんですけど、やっぱりここ(正則学園)だなって決めました」
臼井先生「実際に入ってみてどうだった?」
川村くん「(オリエンテーション合宿で)すぐに友達ができて、内輪ノリみたいなの無くてインドネシアの学校に似てるなって感じました。違いは男しかいないくらいで(笑) それで、友達はできたんですけど、学校にはあまり行けなくて。とにかく『電車通学』が本当に嫌だったんです。毎日、満員電車に押しつぶされて、日本人は皆なんでこんな頭おかしいことをやってんだと!(笑)」
一同「確かに!(大笑)」
川村くん「それがなにより嫌だったし、コロナ禍も続いていて、学校は楽しいんだけど来れないことは多かったですね。進級もギリギリでなんとか3年生になれたって感じでした。父親の小言が毎日うるさくて、母親は間に入って可哀想だし、なんかそういうのもあって学校行くこと自体が面倒くさいって気持ちが勝っちゃった2年間(1・2年次)でしたね」
久利先生「その状況からどうやって卒業までいけたの?」
川村くん「やっぱり友達と担任の飯田先生ですね。ずっと気にかけて連絡くれました。友達は欠席日数や単位が危なそうになると学校来いよと背中を押してくれて、飯田先生は僕が学校に来れるように凄く親身になってくれました。頻繁にLINEでやり取りしてくれて。それが無かったら確実に辞めてましたね(笑) 本当、3年間お世話になりました」
小嶋校長「他には、学校に来ようって思えた理由ある?」
川村くん「んー、もちろん修学旅行とかイベント系は楽しくて。ただ、日常的なことですかね、学校に来れてた理由は。やっぱり友達との時間ですね。例えば、土曜日って午前で授業終わるじゃないですか。その午前終わりの後にみんなでご飯食べる時間が一番楽しかったです。友達10人くらいで近くのピザ屋でバカほど大量にピザ買って、学校戻ってきてクラスで机並べてパーティしてました(笑)」
飯田先生「確かにお前らしてたな!(笑)」
川村くん「はい(笑) ただ、毎回ちゃんと綺麗に片付けて帰ってましたよね(笑) 6、7枚くらいの大きなピザを男10人くらいでひたすら食べる。まぁ僕が2枚くらい食べてるんですけど(笑) みんなでマックのポテト大量食いとか色々やってました。なんかそういう瞬間がもの凄く楽しかったですね」
臼井先生「じゃあ、無事に高校を卒業して大学進学した川村くん、夢はありますか?」
川村くん「んー、明確なものは今はまだ特になくて、別にお金持ちになりたいとか、有名人になりたいとかもないですけど、とにかく周りに人がいる人生を歩みたいなって思います。仲のいい友達や仲間とずっといれたらなって。僕のことだから途中で失敗して苦しいこともあるんだろうけど、それでも周りに友達がいてくれたら頑張れると思うんですよね。インドネシアの人みたいになれたらいいなぁって思います」
木下先生「へぇー! インドネシアの人って君にとってどんな印象なの?」
川村くん「向こうの人たちいつもニコニコしてたんで。いっつも楽しそうにしてるんですよ! 凄く自由でいいなぁって思うことが何度もあって。だから、自分もそんな風に人生を過ごせたらなって思います。お金を稼ぐ為に性格悪くなるくらいなら質素に生きる方がいいわ!って。仲良い人達とずっと一緒にいられる方が自分には合ってますね」
小嶋校長「3年間で学んだ最も大切なことってなんだと思う?」
川村くん「一番は『客観視』ですね。これは3年間、飯田先生に言われたことでもあって、今でも凄く役に立ってます。感じ方、考え方。例えば僕らがなんか悪さしたら、飯田先生は怒鳴って叱りつけるんじゃなくて、残念そうな感じで諭してくれるんですよね。なんかそれって先生としてじゃなくて、人生の先輩として向き合ってくれてるというか、それが本当に響くんですよね。叱られるより効きます(笑) 大学にも当時の僕みたいにどうしようもない人がいますけど、先生に客観とか俯瞰(ふかん)とか教えてもらわなかったら、僕も彼らと同じようになってたんだろうなって感じます。それが一番ありがたかったなって思います」
久利先生「男子校ってのも関係あるかもね」
川村くん「そうですね! 男子校だから仲間同士バカできるし、性別の壁がないからこそ踏み込んで話ができるし、ただその副作用としてバカが度を超えて先生に迷惑かけてしまうこともある(笑) それで毎回、残念そうに諭されるの繰り返し(笑) でも、そういう繰り返しが積み重ねになって、自分の中に根付いていったんだと、今こうして振り返ると感じますね。それに、男子校ってだけじゃなくてやっぱりここ(正則学園)だからって素直に思います。私立だからか、いろんなところから人が集まって、知らない者同士で仲良くなって、男だけで気楽に話ができて、そんでもって、どこかネジがぶっ飛んでる先生たちがいる(笑)」
一同「(大笑)」
川村くん「いい意味でですよ(笑) でも本当にそういう環境があったから、自分はなんとか高校を卒業することができたって感じています。友達にも先生方にも感謝です。
『感謝』(川村くんが黒板に書く)
親や先生、いろんな人に迷惑かけてきて、今の自分がいる。その迷惑かけてきた分、恩がある分、感謝して精一杯、一人前の人間にならなきゃなって思います。自分に言い聞かせるだけじゃなく、新入生、在校生、卒業生みんなに、この気持ちを持っていてほしいなって思います。改めまして3年間分の感謝も込めて。先生方、本日はありがとうございました!」
一同「ありがとうございました!」
小嶋 校長
小林 理事長
齋藤 先生
阿部 先生
木下 先生
棚橋 先生
黒木くん「2020年度卒業生の黒木康次郎です。よろしくお願いします!」
一同「よろしくお願いします!」
黒木くん「それでは、まず僕の高校受験の時の話から。早速ですが、僕がここ正則学園への入学を希望した決め手は一体、何でしょうか?」
小嶋校長「いきなり?(笑)せめて選択問題にしてよ」
黒木くん「じゃあ三択で。 1パンフレットを見て。 2在校生の挨拶で 3小嶋校長の猛プッシュに負けて」
一同「3番目!!(大笑)」
黒木くん「正直それもありますけどね(笑) 正解は2番!在校生の挨拶なんですよ。中学生の立場で高校に来るって、実は物凄いプレッシャー。先生が厳しいかもとか、恐い先輩がいるかもとか色々不安に考えちゃうんです。でも学校見学していると、すれ違う先輩方みなさんが、「こんにちわ」って、ちゃんと目を見て優しく挨拶してくれたんです。それで不安も一気に吹き飛びました。最初に中学の担任から薦められた時は、「えぇ〜男子校!?」って思いましたけど、先輩方の気持ちいい挨拶で、もう正則学園に決めましたね」
齋藤先生「正則学園に行きたいって言った時、保護者の方はどんな反応だった?」
黒木くん「親も僕と同じでした。やっぱり、目を見て気持ちよく挨拶をする生徒がいる、それだけで信頼できる学校だって。家族一致で気持ちよく入学を決めました」
一同「おぉー!嬉しいご意見!」
黒木くん「無事、晴れて入学してからは、小学校時代にトランペットをやっていたこともあって、経験者としてビッグバンド部に入部しました。順風満帆のスタートが切れたと胸を撫で下ろしていたところ、思わぬ落とし穴が。。。一年生ながら、東京ジャズに演奏メンバーとして抜擢されたんです」
木下先生「1年生で凄いじゃん!なんで大抜擢が落とし穴?」
黒木くん「コンボっていう少人数制の演奏に抜擢されたんですけど、これが凄く辛い!吹奏楽は形式に沿って綺麗に演奏するのに対して、ジャズは演奏する一人ひとりが個性を出す。同じ演奏でも求められるものが真逆。
鳴り物入りで入部したのに周りについていけず、孤独にひたすらソロのパートを唇の感覚がなくなるまで練習。結果、その甲斐あって東京ジャズは成功に終わりましたけど、個性ってすごく難しい。自由にやるって型にハマるより断然難しい。まあその後も紆余曲折はありましたが、無事2年生に上がりまして、ここから私は「花いけ同好会」にも所属することになります。老後の趣味も兼ねて、お花でも嗜んじゃおうかなって、軽い気持ちで参加したんですけど、全然思ってたのと違った!(笑) えっ5分間で活ける? しかも対戦? 全国大会? ってスケールのデカ過ぎる話に唖然としながらも活動は始まるわけです。そして忘れちゃいけないビッグバンド部。迫りくる東京ジャズ。いろんなことが重なってオーバーヒートしてか、トランペットを吹くことが怖くなってしまったんです」
小林理事長「好きなものが怖くなった?」
黒木くん「そうなんです。さっきも言いましたけど、個性を出して批判されるのが恐い。そうなると、アドバイスもリアクションも全て批判に聞こえてきてしまう。好きなトランペットが嫌いになりそうで。そんな中、pupaの活動に追われ、学園祭でも大きく失敗したり、きっとここから半年間くらいは高校生活で一番辛かった時期ですね」
棚橋先生「半年間か。それからその状態は克服できたの?」
黒木くん「はい、12月に。4日間の休息が僕を救ってくれました」
一同「あー!なるほど!(笑)」
黒木くん「そうです!修学旅行のシンガポールです。これがめちゃくちゃ楽しかった!世界最大の屋上プールで有名な、あのマリーナベイサンズに泊まって、USS(ユニバーサル・スタジオ・シンガポール)で遊びまくって、もう溜まりに溜まっていたストレス大発散!なかでもセントーサ島でのバンジージャンプ。青い海、白い砂浜、雄大な緑。大自然の中での開放感。初めてのバンジージャンプ。怖かったー。でも自分を出す、個性を出す怖さとかが、思いきって飛ぶことで全部払拭できた気がしました。
ちょっとおしっこチビってもいい!思いっきりやってやれ!って勇気が持てたというか」
阿部先生「おしっこはやめて(笑)」
黒木くん「楽しい修学旅行も終わり、心機一転で3年生。と思ってたら今度はコロナですよ。各部大会やイベントの中止。ビッグバンドも花いけも思うような活動ができず、意気消沈していたところ、なんと私、テレビ出演することになります。あの人気番組、マツコの知らない世界で花いけ男子を特集してくださって、我が正則学園が全国区に!(笑) マツコさんと直接お話ができて、とても勇気の出る、自信の持てる言葉を仰って頂き、やっててよかった!評価してくれる人は必ずいるって思いました。成功するとか報われるとかじゃなくても、必ずやっただけの形になる。 最後に、受験生の皆さんも、今とても大変な時期ですが、諦めない、続けていれば、きっと形になります。合格して楽しい高校生活を過ごしてください!本日はありがとうございました!」
一同「ありがとうございました!」
小嶋 校長
小林 理事長
齋藤 先生
阿部 先生
木下 先生
棚橋 先生
石田くん「2020年度卒業生の石田哲也です。よろしくお願いします」
一同「よろしくお願いします」
石田くん「実は僕、生まれた時に心臓の病気を患っておりまして、それに加えて5歳の頃には耳の手術を行い、8歳では盲腸、10歳で耳の症状が悪化し再手術。とまあ、いわゆる病弱な体質で、小学校は休み続きの日々でした。
中学に入ってからは次第に体調も良くなってはきたのですが、体も心も落ち着いた頃にはあっという間に受験シーズンという感じでした。いまいち勉強にも身が入らず、高校受験に関しても「点数取れば受かるでしょ?」って感じで単純に考えていて、夏休みの40日間で10時間しか勉強してませんでした(笑)」
小嶋校長「受験シーズンに1日あたり勉強15分? 他の時間は何をやってたの?」
石田くん「ひたすらYoutubeとか観てました(笑) 志望校を決定したのも10月に入ってからですけど、以前からここ(正則学園)って決めてました」
木下先生「見学会で決めたとかじゃなくて、ずっと前から決めていたってこと?」
石田くん「はい。理由は単純で、兄が正則学園の在校生だったからです。兄から校風の良さを聞いていて、自分に合いそうだなって思って。とはいうものの、相変わらず受験勉強は手に付かず、なにも対策しないまま気づけば1月。いよいよヤバイってなって、1日平均9時間勉強に切り替えて、1ヶ月近くの猛勉強の末、なんとか正則学園合格となりました。けれど安心したと同時に、自分はとある負の感情を抱くことになります。勉強量や学習意欲が足りなかったとは言え、自分は同級生に比べてそもそも実力不足なんだって。中学最後に感じたのは、なんと『劣等感』でした(笑)」
阿部先生「それは尾を引きそうな感情だよね」
石田くん「はい。劣等感を引きずったまま高校生活がスタートしますが、僕、入学間も無くYoutubeで見つけた某有名アイドルグループの子にドハマりします。人生の癒しに出会って劣等感から立ち直りかけた僕を、再び地に落とす事件が起きます。その子のスキャンダルです」
棚橋先生「これは悲しい。。。(苦笑)」
石田くん「そこで再び、自問自答します。「そっかぁ、俺って周りと比べて実力不足だし、好きなアイドルはスキャンダルだし、色々うまくいかないな」って思って、誰かに相談したくなったんですよね。
そこで気づいたんです。自分には悩みを打ち明けられる友達がいないって。携帯で中学の時の友達を探してみても、相談できるほど親密な友達がいない。今だから話せるけど、劣等感、失恋?、友達がいない、この3つが重なった時、高校中退したいなって思ったんです」
齋藤先生「入学して1ヶ月?5月の時点で高校中退を考えたんだ」
石田くん「はい。所謂、五月病みたいなものだったんですかね?でも当時は本当にそう思ってました。そこからどうにかプラス思考に持っていって、まずこの3つをなんとかしないと高校中退することになる。じゃあ逆にこの3つを解決すればいいじゃんって考えるようにしました」
小林理事長「さっきの、高校受かるには点数取ればいいだけじゃんって考え方だ(笑)」
石田くん「はい(笑)でも実際は難しかったです。友達作りってどうやるの?って。勉強みたいに点数で決まるものじゃないし。結局時間だけが流れて9月頃、自分からどうやってアプローチしていいか分からずにいたところ、ふと話しかけてきてくれた同級生がいて。そこから自然と会話も増えて、プライベートでも遊びに誘ってくれて、周りの同級生とも気づけば友達になっていました。仲間たちとの学園祭も楽しくて、いつしか学校を辞めたい気持ちも、周りに対しての劣等感もどっかに消えていました。ちょうどその頃、とあるニュースが飛び込んできました。あの某アイドルグループの子の卒業です。きっとこれが5月だったら、ショックで一緒に卒業していたかもしれない(笑) けど、当時の僕には仲間がいて、入学時のような状況ではなかったので、その子の卒業までちゃんと最後まで応援することができました。それを機に、僕は縛り付けられていた3つの呪いから解放されて、楽しい高校生活を送れるようになりました。ちなみに病弱だった僕、なんと高校3年間皆勤賞でした」
一同「おぉー!素晴らしい!」
石田くん「楽しい学校生活もあっという間。迎えた3年生。受験勉強に追われ、辛く苦しい時期に入りますが、ここで自分にとって大きな出来事が起こります。一つは、あの某アイドルの子がグループ卒業後に、数々のテレビ番組で活躍している姿を見たこと。辛い時期を乗り越えて活躍しているその姿にほんとに励まされました。もう一つは、3年生の自分の誕生日に友達がプレゼントをくれたこと。今まで友達から誕生日プレゼントをもらったことって無くて、すごく感動しました」
阿部先生「以前、君を苦しめていた問題が、いつしか勇気をくれる存在に変わったんだね」
石田くん「はい。もう一つの問題は僕の努力でなんとでもなるって思って、勉強に打ち込むことができました。1日12時間以上もの勉強。過酷な中でも友達とは連絡を取り合って、お互い励まし合って頑張りました。その結果、実力不足だと思っていた自分が現役で難関校に合格することができました。仲間がいたから高校を続けられた。そのおかげで大学にまで合格できた。本当に友達には感謝しています。一生の宝をこの3年間で手に入れたと思います。受験生の皆さん、自分はダメだとか劣等感を持たず、支えてくれる仲間や周りに感謝して、自分に自信を持って頑張ってください。本日はありがとうございました!」
一同「ありがとうございました!」